投稿者 artboild | 2010年5月10日

都会はいつもこんな冷めた顔して世の中見ているの?

ホッチキスの摩天楼

一つ一つのホッチキスの重なりが摩天楼の階層と重なり都会の画一的な冷たさみたいなものをかいま見せてますね。(一部曲がった針はご愛嬌?)

ホッチキスの針だけで摩天楼を表現した執念のアート「Ephemicropolis」
[ソース元 Gigazine

1つの芸術作品を生み出すには膨大な量の緻密な作業が必要になることがありますが、ホッチキスの針をひたすら並べて巨大な都市を再現したこの「Ephemicropolis」はまさにそのような作品の1つ。様々なサイズのホッチキスの針が組み合わさって都市の混沌さを再現しています。

で、あたしはこう、思うのよ…

単調な作業でも繰り返し行う事でその要領とか効率みたいなものが向上してきて時間の短縮やコスト削減に繋がってきたりするもんですよね。それは言い換えると、経験値が上がるという事と一緒で、同時に同じ事の繰り返しスピードが向上する以外に正確さが増したり、よりきれいに、画一的に物事をスムーズに行えるってことにも発展していくのだなと思うのですよ。
それが今回のホッチキス摩天楼と何が関係ある話なの?と言われますとホッチキス本来の用途の画一的な繰り返し、本来の目的としての閉じ合わせる量とか部数とかの置き換えたとえばホッチキスの針のユニットは全て同じ数で1ロット作ってありますが、そこから綴じる為に使われる針の量は違う訳ですよね。「この資料作んのにこんだけ針使っちゃった」っていうのをイメージすれば自然と「使った針の山」→「作業ごとの針の固まりがビルのようにそびえ立つ摩天楼」とイメージ出来たのかもしれません。
「こんな事考えちゃったんだけどさ」っていうのがすぐ実体となってできちゃう、発想の豊かさだけでなくそれをカタチにしてしまう創造性が重要なんですね。
「想像」と「創造」コトバにしてみたら似てますが、この違いは結構大きいですね。

(元記事はこちら

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